こんな写真×詠んでみた

2013年7月突如出会った新しい芸術表現。 写真と俳句をコラボさせた 「フォト×俳句」 どちらも全くゼロからのスタートです。 作品作成のプロセスや結果を徒然なるままに・・・

カテゴリ: 俳句ポスト365


黄落や移動図書館動き出し

俳句ポスト 第87回兼題「黄落」で「人」に選んでいただきました。
何となく順調に人に返り咲き(笑)
ここ最近は「並」に選ばれるよりも「人」に選ばれている回数が多くなってきたような。

これは多分、無意識にというか意識的にというか。
ともかく「並」じゃなくて「人」に選ばれるような句を作ろうと思っている証拠。
で、選んでいるのは組長(=夏井いつき先生)一人。
ということは、組長の選に入る工夫を続けているって事に他ならない。
これって、結社の一員?って事だよなぁ。

かつて、高浜虚子の選に入りたくて全国の俳人たちがホトトギスに投稿していたように。
形は違っても同じような状況が作られているわけで。
「天」なんかは、ようするに巻頭句みたいなものだろうし。

俳句ポストを入り口に「100年俳句計画」にも辿り着くわけで。
こちらに投稿が始まったら完全に結社のメンバーとも言えそう。
それはそれで良いんだろうな。

自分は、信毎の「フォト×俳句」からスタートしていて、勿論今も軸足はそちらにあるわけで。
それでも、俳句を学ぶのに結社に入った方が良いと何人かに言われたりもした。
偶然ネットで見つけたとらをさんの俳句に魅せられて、真似して俳句ポストに投稿し始めて1年が経つ。
そうこうしているうちに、組長はテレビで有名人になってしまったし(笑)
そして、それを嫌がる組長にさらに魅力を感じたりして。

ここで一句
★冬隣辿り着いたらいつき組★山走子


冬隣辿り着いたらいつき組

ってなわけで、こんな所にも記入してみたり。

いつき組

確か、組長は誰でもいつき組を名乗っても良いと言ってた筈。
同人では無さそうなので、会員という区分で。



[写真解説とデータ]
カメラ:RICOH GR
露出時間:1/500
絞り:3
F値:f/2.8
ISO:100
WB:自動
露出プログラム:プログラムオート
露出バイアス:±0
エフェクト:無し







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漁船行く鰡の群れなど蹴散らして
俳句ポスト 第86回兼題「鰡」で「並」に選んで頂きました。
鰡にまつわる思い出は悪い事ばかり。
以前、クロダイを狙って週に5日くらい海に通っていた時代があった。
秋になるとクロダイの数は上がるのだが、それと同時に鰡も増える。

当時、団子釣りをしていて、本命のクロダイと鰡はだいたい似たような条件でおびき寄せられる。
鰡は場合によると50㎝くらいのサイズで大きいので掛かった時の引きも当然強い。
喜んで、リールを回してくると、あの忌々しい顔を見ることになる。

あるいは、鰡は釣れるといより、掛かる事が多くて。
その度に海面が荒れるというかなんというか。
周りでクロダイを狙っている釣り師達から冷ややかな目で見られる。

タモ入れでもたもたしていると、あからさまに文句言いたそうな釣り師も現れたり。
とにかく鰡はある意味天敵だった(笑)


 [写真解説とデータ]
カメラ:RICOH GR
露出時間:1/500
絞り:3.4
F値:f/3.2
ISO:100
WB:自動
露出プログラム:プログラムオート
露出バイアス:±0
エフェクト:無し





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擦り切れし回覧板や万年青の実
松山俳句ポスト 第85回兼題 万年青の実で「人」に選んで頂きました。
先週「並」に沈んだので、これはまた並街道をひた走るのかと思ったら一周で浮上。
何はともあれ良かった良かった。

驚いたのは、ほとんど同じ十七音を読んだ句があったこと。
★留守宅の回覧板や万年青の実★車話
上五が違うだけで、あとは全く同じ。

自分は、万年青の実って全く知らないものだったのだけど。
これを考えてた時に単に目の前に回覧板が置いてあったので合わせただけ(笑)
色褪せたものとの対比はなかなか良いのではと作ったもの。
偶然とはいえ面白いモノだ。

ってか、それでも並に落とされずに「人」に留まっているのは何故だろう?



[写真解説とデータ]
カメラ:RICOH GR
露出時間:1/125
絞り:3
F値:f/2.8
ISO:100
WB:自動
露出プログラム:プログラムオート
露出バイアス:±0
エフェクト:無し


写真は広島でのスナップ。
なんとなく『回覧板』という言葉の響きとこの建物がマッチしているような。
これくらいの距離感がひょっとして良いのかも知れない。





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鍵穴を探る間の後の月
松山俳句ポスト 第84回兼題 後の月で「並」に選んで頂きました。
4週間続いた「人」から「並」に降格。残念。
自分的には結構気に入っている作品なんだけどなぁ・・・・
どうも、自選の力が弱いのか、そもそも組長と波長が合わないのか?

「並」になった理由を考察してみるに、説明調ってところだろうか。
句意は、真っ暗な中で玄関の鍵穴を探している間だけ「後の月」が綺麗に見えた。
ってな感じなんだけどね。

季語「後の月」の本意が全く分かっていないので、季語にそれ以外があっていないと言われればそれまでだし。
俳句は奥が深いな・・・

とにかく季語を自由自在に扱えることが出来なければ、俳句は始まらない。
なので、どうしても三年位は時間が必要になるというのも解る。
ここは焦らずじっくりと学びを深めるしかない。

[写真解説とデータ]
カメラ:Panasonic TZ-60
露出時間:1/4
絞り:
F値:f/3.3
ISO:2500
WB:自動
露出プログラム:プログラムオート
露出バイアス:±0
エフェクト:無し

同じものをGRで写そうと頑張ってみたけど、手ぶれしてしまってイマイチ。
次のGRにはやっぱり手ぶれ防止機能を搭載して欲しいな。




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不知火や咥え煙草の運転手
俳句ポスト 第83回兼題 不知火 で、「人」に選んで頂きました。
これで4週連続の「人」確保。嬉しい。

そもそも「不知火」という季語。
実態があるのか無いのか、少なくとも自分は見た事は無い。 
こうなると頭の中で作る妄想俳句ですね。
で、そんな時に俳句らしくさせるには湘子先生の配合の句パターン1

角川学芸ブックス 新版 20週俳句入門
藤田 湘子
角川学芸出版
2010-04-21


型・その一
①上五に季語を置き、「や」で切る。
②下五を名詞止めにする
③中七は下五の名詞のことを言う。
④中七・下五はひとつながりのフレーズである・
⑤中七・下五は、上五の季語とまったくかかわりない内容である (P102)


これは今まで何度も何度も見てきたテキスト。
とは言え、これを読んでいる時の自分のレベルに応じて毎度理解が変わっているような。
今回は特に⑤の掟(笑) 「・・・まったくかかわりない内容・・・」
そうでしたそうでした。
何度も読んでいるのに実作していると、ついつい忘れてしまう。
或いは季語に引っ張られてしまう。

今まで「並」になっていたのは、中途半端な配合の句が多かったような気がしてきた。
今回の季語「不知火」はそもそも解らないので、影響されにくかったのが良かったか?

自分の中のイメージとしては、長距離トラックの運ちゃんが煙草を咥えながら海沿いの峠を走っているという設定(笑)
出来ればその運チャンには白いタオルのはちまきをしていて欲しいかな。
で、窓を開けた遠景に浮かぶ不知火って絵なのでした。

実際に見た景色では無いので、特に言いたい事も伝えたい事も無いわけで(笑)
なんか、まだ上手く言語化出来ないのだけど、この辺りに俳句作りの神髄というかヒントがあるような気がしてならない。
自分の言いたい事を言いたければ俳句という型を選択するなと、先人の言葉。

では、何をしているのかと言う問いに、うまく答えているのが湘子先生の後継者の小川軽舟だ。



ずっと湘子様のテキストを読み続けていたので、弟子の小川軽舟の話はすっと入って来る。
この本の内容は全編腑に落ちる。
特に第6章を読んだときに自分中で一つに繋がった。

それでは俳句は読み手にどう働きかけるのか。俳句は読み手に何かを「思い出させる」という言い方が。私には一番しっくり来ます。(p63)

これって、私が常々考えていたことで、うまく表現してくれたものだと感心。
(どっから目線だ(笑))
そして、さらに続けます。

頭の中の抽斗にイメージが入っているとします。俳句は作者の抽斗のイメージをそのまま読者に届けられるものではありません。俳句とは読者の頭の中の抽斗を開ける鍵のようなものです。俳句は「伝える」のではなく、この鍵で抽斗を開けてもらうものなのです。(p64)

これだよ!これこれ!と思わず叫びそうになってしまった。
認知言語学からのアプローチやエリクソン催眠からのアプローチでも説明が着く。

去年の7月から「フォト×俳句」をはじめて、ようやく俳句に対する答えの一つが見つかった感じ。
俳句は「脳の鍵」なんですよ。
なので十七音で十分。
それ以上長くなってしまうと、逆に鍵として機能しなくなっちゃう。

今回の私の俳句に戻って説明すれば。
「不知火」「咥え煙草」「運転手」この三つが鍵の中身。
季語というのは、日本人にとってのマスターキーみたいなものと考える。
「咥え煙草」にしても「運転手」にしても、なにかしらの個人の体験の中には存在しているわけで。
それらの体験を呼び覚ます鍵が俳句。
とすると、俳句を作る俳人と呼ばれる人達は「鍵職人」だと言い切ってしまおう。

そして多分、この作句プロセスの背景に自身の感動や発見が入り込むようになると完成なのかも。

さらに・・・
「フォト×俳句」はここに写真が加わるってのがミソで。
さてさて、そこの構造はまだ上手く説明は出来ないんだな。
この句に付ける写真が全然手元にないので、最近の写真をとりあえず合わせておきましょう。


・・・・ここまで一気に書いて、随分とすっきりしたぞ(笑)




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